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カサンドラ嫁の原因アスペ夫の私が何をすべきか?

アスペ技術者・カサンドラ症候群の嫁さんの原因夫が何をすべきか?と理系寄りの雑多な話題をつらつらと…

カサンドラ症候群は、アスペ(ASD)のパートナー、特に夫を持つ奥様方が人間関係欠如などかみ合わない夫婦生活に疲弊した心身的な障害(うつ病など)を指しますが、米国精神医学会では、まだ正式には認められたものではないようです。
ブログ管理者が「アスペ」と40代で診断され自身も驚きでした。さらに嫁さんがカサンドラで疲弊しているのを気づいてはいるのです。そこで、どうしたら発達障害の限定された私の思考フローの中で歩み寄りができるか?を考えていくブログです。といっても最近は自分のことで精いっぱいです(笑)主な遍歴は「重要事項」のカテゴリーを見てください。
発達障害・メンタル系のお話が出てきます。薬や症状、対処法が書き込まれています。これはあくまで個人の対応・意見であって参考にしていただくのはうれしい限りですが、正式な診断・処置はしっかり医療機関で医師の指示に従ってくださいね。
最新の米国精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)の5では、アスペルガー症候群の呼称は無くなり「自閉症スペクトラム(ASD)」に分類されています。ASDはADHD、LDなどと同様のクラスの発達障害(生まれつきの脳の障害)で治りません。発症時期、程度、症状もいろいろですが本人も周りの人も対処法による理解が必要です。

「技術中心・時事ネタへ言いたい放題」は こちらへどうぞ。



現状打破とその対策案

カサンドラ症候群 考え方を変える材料 うつ病 アスペルガー症候群(ASD)

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0.昔話

「落胆」をキーワードに無料写真素材集からもってきました。関西で1回目の自分のうつ病で休職&自室に引きこもっているときに、それぞれの両親に来てもらい、子供たちの世話手伝ってもらいました。嫁さんは今で言うカサンドラ症候群の最悪の状態になっていました。たまにトイレに立つときにまさに画像の女性のような廊下に座り込んでいる体勢で「もらいうつ病」になっている嫁さんを見ました。私自身、部屋に引き入れることもなく(何らかの理由)、別の部屋で嫁さんが休むことなく。後日聞くと、家事をしなければ子供の世話をしなければ(親が手伝いに来ているのに)と強迫観念で行動しようとする気持ちと、心身衰弱で動かない体のせめぎ合いで廊下に座り込んでいたとのことです。夫婦とも、すでに心療内科からは薬は処方されていました。言い訳にもなりませんが、廊下に座り込んでいる嫁さんを見て何もできなかったのか?との声も聞かれそうです。初回休職時は私自身は完全に寝込んでおり正に自分自身の頭の混乱を抑えるのに精一杯でした。恐ろしい話、嫁さんは「自分の存在を消したい、消えてなくなりたい」と思ったらしくフラッとマンションの階段を上がっていたこともあったそうです。どこかで聞いた話、自ら死んでやる!と意識がはっきりしているときほど思いとどまり、この時の嫁さんのように意識がもうろうとしてしているほうが危険度が高いそうです。

2回目は嫁さんのお母さんとの関係が悪いとは言えども実家であったことと、子供がある程度大きくなっていたこと、そして前回の経験を何らかの形で生かしていたこと、がありパートには行っていました。もちろん「もらいうつ病」にはなっていたものの弱めの薬でなんとか頑張っていたようです。

私自身は激務で倒れた形となっており職場には引継ぎなしのえらい迷惑をかけていた、うつ病休職で3度目の発症を防ぐべく、このブログを始めたきっかけでもあります。途中思考に余裕が出たのもあり、自分自身もそうですが嫁さんの状態を改善する活路のためにタイトルが今のモノに至っています。

1.現状

文章にするといつもの通り、訳が分からなくなるので項目として列挙。ただし項目の「次元」は問わない。

・本人がASD。家族をはじめ職場に対してこの歳になって、(この歳だからこそ?)支障をきたしてきている。実は昔からかもしれないが、本人が気づきだしたのはここ数年。

・定職が決まらない。上記性格的問題もあるが、専門とする技術分野の産業が低迷。設計業務はもとより研究職の求人率が激減。とはいえ、家族のためにもなんとか稼がなくてはいけない。

・本人の仕事・その他に対して気力やモチベーションが、歳のせいか、環境のせいか、下がっている。元気がない。

・上記に伴って、職場の仕事は遅れがち、家の仕事(家事や子供の教育)はほとんど嫁さん任せ。

・夢が無い。やりたいことが無い。かといって死にたいとかは思わない。

2.対策と可能性

・現在の主治医が言うように、前主治医がASDの可能性も含めて本人に伝えたのは失敗だったかも。何度も言うようにスペクトラム(連続体)というだけもあり、精神医学上の分類で、ある枠に入れられず各個人はずべて境界上に位置するので診断をサボっている訳ではなく、決めつけが逆効果という主張。確かに、当事者擁護を批判しつつも、当事者意識がにじみ出ていると客観的に感じる。社会的にマイノリティであり、幼少期からの奇異な行動にすべての説明が付くが、これからの生き方には障害となる思い込みとなる。一番最初の会社の元上司(マネジメント力は長けている)がSNSで、ASDであるなら企業には向かないと断言された。もちろん、昔気質の考え方で、語弊を怖れず言えば異常者はそれなりの職に就けと。1年ぐらい前に言われたが、特にショックは受けてはいない。しかし記憶には残っている。技術的元上司には、設計専門会社が向いているでは?と指摘されている。さらに、学生時代のサークル、研究室の後輩からはASDを肯定されている。本人も診断は受けてはいないがASDではないかと思っている。カサンドラ症候群は症状に格上げしたほうが良いと思うが、ASDは自ら意識しないほうが良さそうだ(自分に限っては)

・モチベーションが上がらない理由が分からない。大体のモノは実現したし、これ以上の宇宙旅行や世界征服なんかの夢や野望もない。はっきり言ってしまって早く隠居してしまいたい。数年前までは、大発見や大発明をして有名になりたいとか思ったが、2回目の休職後にそれはあきらめた。どの組織もピラミッド構造のため上り詰める際に、実績なり策略なりで誰かを蹴落として行かなければならない。ドロップアウトし、蹴落とされた側の人間との認識である。ちょっとはくやしいが行く地位には一瞬でもなれたので悔いはない。上に居ればさらなる努力であるエネルギーが無くなり、処理すべきストレスがたまるであろう。もう、そういう気力がないし体が悲鳴を上げて周りに迷惑をかけるのもこりごりである。倒れるという選択肢はもうないという認識でがんばっているから年末年始のような無理はしたくはない。

・金銭的には今のところ家賃収入もあり給料が減ってもとんとんである。気持ちに余裕が無いのが問題。これがないと家族のことや今後のことなどを考える時間や(空回りするが)嫁さんをはじめとする周囲の人々に気を遣うことができない。自分のことで精一杯の状態である。やはり、昔はできたが、ぼんやりとした目的の仕事を外してもらうかしないとダメなのかも。次の仕事も、企画運営的な仕事は避けたほうが良いのかもしれない。まとめにもあるが就職活動は研究機関や大学に限定せず、3度目の企業就職も視野に入れるべきと考えている

・最近思うのだが、同年代の話し相手が転職続きもあってここ10年くらいいない。学生時代や最初の就職では酒は好きではなかったが良く飲みに言った。「文句の○○」と言われるくらいのいつも毒を吐いている状態だった。職場でも言っていた。手前味噌だが、毒を吐く分以上の結果が常に伴ったので、周りは許してくれた。文句を言うことが原動力だな、とも言われた。今は、まったく無口である。というのは言い過ぎ。部下に対しては、畳込むようにじゃべっている。また、技術的な話になると止まらない。そこに不平不満は入らない。ストレスの発散口が無いのだろうか?これについてはわからない。直前の会社で、公私混同をする上司への私の不平不満を聞くと称した飲み会を月一回ぐらいで開いてくれた。前にも書いたようにガス抜きにはなったが結局、うつ病発症。ガス抜きが単に間に合わなかっただけか?

3.余談

昔は「筋の通った」「筋金入りの」が偏屈ともいわれるが人間性としてカッコ良いともされていた。座右の銘も持っており、招待講演やスピーチさせればうんうんと頷ける自分の信念も持ち、行動が伴っている人にならなければならないと思っていた。

最初に、ん?と明確に思ったのは、関西の企業で働いていたときの長男の小学校校長の何かの講話。花を例えて何かを言いたかったらしいが、例えもわからない、結論もわからない。一緒にいた嫁さんにも確認したから自分の理解度・常識度不足および性格原因からの「話がわからない」ではなかった。話の下手な人はいるが、ある教育機関の長である人間が用意した作文もままならないのは「アリ」なんだなと。

今まで聞いていた講話などは、たぶん頭に入ってこないか、聞く気が無かったのであろう。心に響いたのは、いつぞやに書いた、スライドを全く使わないで会社方針なり自分の信念を話した元会長であった。役員通信なるものがあったので、追加更新されるたびにそれをメモった。

助手時代、学生時代の上司、先生にあたる各教授は研究成果に対しては言い過ぎではあるが中学生にでもわかる成果や結果およびその原理の説明に徹していた。他分野の人でも研究成果が理解できることを重要視していた。その反面、悪い部分、結果は研究・開発途上には必ずある。それに関してはあえて触れない弁護士的な発表方式でもあった。その分野に強い人間にそこを指摘されると(もちろんウソはつかず)今後の課題として陽には出さない発表の仕方を教わり実践した。

3つの良くも悪くも人に伝える例を挙げたが、必要なのが「簡単な例え」である。アナロジー(類推)と教わった。小難しい数式、結果、生き方や規範はさておき、生活上身近にあるもので例えられるとわかりやすい。難しい物質名で効果があるような煙に巻くCMなんかは私のような人間には真っ平御免である。

すでに忘れてしまったが私の分野も目に見えない電気で説明に苦労するがそれを包括する物理学者のファインマンは例えが秀逸だったという。自伝である、ご冗談でしょうファインマンさん、困りますファインマンさんは本嫌いの私も読めた本であり物理学の一端を学生時代に見た憶えがある。あえて広告は張らない(笑)

余談の意味は、視野を広くとらえられる人になるべき信念や筋の通った考え方は後付で構わないと思ったことである。

4.まとめ

直近の意見や情報に惑わされやすく、ToDoリスト化やスケジューリングを妨げる傾向にある「性格」である。これについては年相応の交渉ごとの多い管理職を諦め、職人に徹する方向が良いと思われる。潰しが利かなくなる危険性があるが本人の精神衛生上ひじょうに楽である。自主性、企画力、教育力に長けると言われる学位を捨て、職務記述書が明確またはそれなりにはっきりしている職業を最終的には選ぶのが生き延びるには適していると考える。

思想、考え方、信念については、マンガ・アニメ用語だと「キャラブレ」:個人の持つ特性(キャラクタ)が定まっていない(ブレている)、という分類に属するであろう。筋が通ってなくても「自信」で押し通してしまう、自分を隠す生き方も1つの手である。いまさら自信が持てるか、開き直れるかが別のスキルではあるが。

孤独の居心地の良さと、集団でいる安心感および意見の食い違いによる調停の面倒くささは、仕事にも家族にも通じる。家族で孤独?というのは私だけの特質かもしれない。仕事が終わって安心する家族のもとに帰るというのが理想像であろう。弁明する訳ではないが、世間では結婚のコストパフォーマンスや家に帰りたくないサラリーマン「帰宅恐怖症」なる異変が生じている。評論家の偏屈な理論のもとに偏ったデータや聞き取りから著作やコラムにしている感もあるが、現代社会では変化の一端なのかもしれず私個人だけの問題ではないのかもしれない。

座右の銘は無いが弱い信念としては「最小の努力で最大の効果」。楽して稼ごうという意味もあるが、その原理や仕組みを創造する面白味が裏にある。考え方として「人間、良くも悪くも適応する」。適応能力のため、環境が変わっても多少のストレスがあってもなじむし、そこが悪いところであればその色に染まってしまう。後者には私の性格が阻害条件でうまく行かない場合が多い。

今は、「視野を広げよう」かな。他分野企業下請け設計会社も見据えた広範囲での就職活動に転じよう。地に足がついたら気持ちの「余裕」もでてくるだろう。そうすれば、自分のことで精一杯から脱却でき、不得意だが、ブログタイトルの目的である「嫁さんに対する歩み寄り」の気持ちや考える時間も出てくるだろう。

 

直近情報)双子の片方がインフルエンザA型にかかっています。今回の記事は原稿用紙12枚分(笑)推敲はちょっとだけしました。これでも自分なりに無駄と判断したところは削除してます。色のついたところを斜め読みしてくださるだけでありがたいです。長文削減に努めていますが無理ですね(汗)

追記)ざざっと読み返して漢字変換ミス等や表現がおかしいところを直しました。帰宅恐怖のところで主語が無いとの嫁さんからの指摘で逆に不安を煽ってしまいました。主語が無くても何となく通じる日本語。なんかおかしくても直せないところは放置(笑)



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