発達障害と遺伝、そして盲点だった過去
研究テーマにもなりそうな大層なタイトルですが私は当事者で疑問を持っているド素人です。
グーグル先生に引っかかってくる病院紹介の医師の発言やコラムなどでは関連性は可能性のみで断言していません。
傾向がある、と言われている、推測されている、など。
まだよく解っていないようです。自分の専門は物理・数学の法則に大きく依存する無機物を扱います。実験的な医学・生物は全然わからん世界です。
統計的なデータも半分ぐらいのパーセンテージのソースがどこだかわからない意見も出ています。そういうところに限って書いた人は医師ではなかったり汗。内容が内容なので統計も取りにくいかもしれません。
どうやら、関連付ける遺伝子そのものが見つからないと言い切れないようです。推測と言った医師は複数の遺伝子に起因する遺伝という意見が多いが研究段階。あと発言する医師などの専門家発言に共通するのが後天的育成環境も十分な要因の可能性が大きいとのことです。
自分は医学系素人ですが一応論文には触れているので検索してアブストやサマリを読んでみました。(最近はお金はらわないと全文見せてくれない学会が多いです)
英語の引用数の多いのを5件ぐらい見ましたけど前述のレベル。まだまだ研究段階なんだなって感じです。
思い込みですけど、周りを観察した限りでは、親と子に関連性を感じてしまいます。私の中の統計的思考が、健常者家族は逆に普通すぎてカウントされないのかもしれません。
ここが本題なのです。じゃあ私は?となるところで十分思い当たる節が。
休止前のブログでも言及してこなかった母親が盲点の存在でした。
父親のスパルタ教育にはさんざん反発した記事を書いてきました。母親は子供にとってやさしい存在という固定観念がずっと根付いていました。
ただ、発達障害・ASDの因子は、母親のほうの設計図を頂いているのかな?と。
先日、電話で話す機会があり、私の相変わらずの空気読まない発言の直接的持論:自分のASDはお母さん譲りなのかな?遺伝的に。の問いに、その可能性は高いね!と母親は即答。気持ちは読めませんがあっけらかんとした印象でした。
高校生まで一緒に住んでいて両親の言葉は絶対!という環境だったので気がつかなかったです。
1つ思い当たる事件がありました。いわゆるブチ切れたという私の経験は、5回。。。もう少しあるかも
そのうちの1回が高校のときに、母親がいわゆる冷戦状態。原因は自分だと思いますが、母親が「むくれる」状態に入り1週間ぐらいまったく口を聞いてくれないことがありました。
当時の自分はまだ子供でこっちも許すもんか!なんて感情は無かったので、再三の謝罪、話しかけ、呼びかけ、をかなり試みました。
父親の恐怖政治で感情をあまり表に出さなかった自分が、できる限りの「歩み寄り」を長期に拒否されて、ついに限界がきました。まあ、キレてしまった訳です汗
運動音痴のキックが土壁に穴を開けてしまいました。裏の木材を怪我もなく蹴り抜けたのは偶然でしょうか。
何年かは、玄関引き戸から正面の壁で丸見えなのにわざとなのかガムテープ補修。その後は父親が塗り直しています。同じ色が無かったのか痕跡はすぐわかります。自分の親に対して逆上する態度を見せたのはこの生きてきた半世紀でこの1回だけではないでしょうか。
さらに性格上の盲点でした。事実しか記憶になかったのですけど、考えてみれば母親も。。。です。コミュ力が高く温和に見えますが考え方・行動がちょっと変わってます。意地っ張りなところもあります。自分が当事者だからその目線で同類と認識できます。
記憶上の話で申し訳ないですが、当時の感情の動きでカサンドラ症候群の方の気持ちもわかったような気がします。
仮に遺伝の因子があったとしても、自分が明確な発達障害・ASDであると指摘されるのは、このあと30年後です。
今日はここまで。