いろいろ前提
就職時、知らないことが多すぎでした。世間知らずとでもいうのでしょうか。
最終的には博士課程にい行かずに博士号は取れましたが、修士で卒業(修了)の時点で就職しました。当時のボスと最低3年ドクターコースで指導を受け続ける自信がありませんでした。余談でした。
就職した会社の新人研修がまだ充実していたころ、実際に配属されるまで4か月の研修期間がありました。技術研修以外にもビジネスマナーなどの講師を呼ぶ会社の体力がまだあったころです。
そこではじめて衝撃を受けた研修に「ディベート」がありました。当時初めて知った言葉でした。
ネット回線といえば音声電話回線kbpsオーダです。ケータイなんて肩に掛ける重いバッグのような装置でした。寮住まいですし端末PCなんてとてもじゃないけど買えない。
グーグル先生もまだ居ません。図書館も行っているヒマが無いので本屋を何軒か回ってまずどういうモノかを調べました。
近くなるとクラスを6つに分割しテーマが示されました。
確か、夫婦別姓の可否、この国の常任国入りの可否、だったかな。
3グループ2セットで1セットのクラス半分が1日ヒマになります。
2グループが機論を戦わせ、1グループが聴衆として最後に理由ともに判定を発表します。
そのためのテーマに対する資料集め、推進/促成それぞれで論破するシーケンス、想定問答などをグループ内で話し合います。
議論20分評価5分をローテーションで3役割を全部やります。
クラスの同期生ほとんどは、理系が多く学生時代にもカリキュラムは無かったようで、ディベートは知っていても実戦は初めてだったようです。
大体、お互いの主張を述べ合う程度で、矛盾を突いた入り、論理飛躍の指摘したりというところまでは行きませんでした。
この研修で感じたことが、素人目でみる裁判の形式の議論をするカテゴリの存在でした。ディベートの定義から裁判ではないのですが当時はそう思ってました。
嫌だったのが、聴衆側に当たったときの議論のメモ、現在の議事録取りに役立っているか分かりませんが討論から重要事項の抜き出しが非常に不慣れ。得てして議論を総括する能力を高めるのが目的の1つでもあったりします。
最後に驚いたこと。社内の教育担当の先輩社員が、議論の流れをホワイトボードにリアルタイムで矢印で記録していく様子がたまらなくかっこよかったです。毎年のルーチンだったり法学部出身ということを差し引きしても自分にできないことをやっている姿が…かっこよかったです(語彙力…)。
あーいえば○○、などの当時の流行もありました。
今回、この話を持ち出したのはディベートの考え方にあるテーマの真偽はさておき相手をその気にさせる話の進め方について、元掲示板作成運営者が大衆心理を混ぜてメディアに出ています。その種明かしもしています。対談相手から、矛盾点を突っ込まれて、イヤぁばれちゃいましたかと負け?無理があったことをあっさり認めるところも見ものです。
これについてもう一回書いて、信念みたいなことを話していたものをおよび考え方が面白かったのでそれにも触れたいと思います。
では。